架空のブログ

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架空の自担が性転換するために退所した話

木曜日の昼下がりで、原宿の片隅で、すぐとなりに女子大生風の二人組がいた。そこは非公式な、肖像権を侵害している写真を取り扱う、いわゆる闇ショ屋だった。
「やばい、ちょーエモ」「ねぇ超かっこいい、かっこいい~~!」「はぁ好きだわ」という興奮の声が鼓膜を揺らす。私は瞬きもせず、ひと月前に「留学する」と言ってアイドルを引退した一般人の写真をチェックし続ける。
 この世の惨めがつまっている、と思った。

 

研修生の時代から約10年。私にとって唯一の自担がいなくなってしまったのは、ついひと月前のことである。いまやファンの間で10月クーデターと名づけられた、十月革命*1脱退と芸能界引退、海外留学の記者会見。*2

 
 中西永太さん。あなたはいま、もうタイにいらっしゃるのでしょうか。

 

エイはきっと、自分の性に違和感を抱いている。
それは10年も追っていれば自然とわかることだった。
男ばかりのこの事務所にいるのは、どんなにつらいことだろう。男であることを求められるアイドルでいることは、どんなにつらいことだろう。


そうわかっていたけれど、私はエイにアイドルでいることを求め続け、アイドルのエイを消費し続けた。己の欲望にただただひたすらに忠実に生きていた。自覚的に。だから私は、オタクをしながら、自分の中で善とエゴと悪の基準を作っていた。


チケットやグッズ公式から。名義は3つまで。その分はCDや公式グッズを買う。肖像権には留意する。自己の欲望のための搾取は最低限。
だから、あいつは積まない、と揶揄されているのも知っていた。だけどできる限り多ステはしたかったので、とにかく「おもしろいオタク」をtwitterで演じることでフォロワーを増やし、私というアカウントの信望者を増やすことで、チケットを手に入れた。はたしてそれがエイに恥じないオタクであるかは甚だわからなかったが、こういうポリシーを持つことはエイを好きにならなければなかったことだ。そういった意味でも、エイは私の神様だった。

 

エイがどうやら某男性芸能人の愛人であるというのはずっと昔から噂になっていた。
スキャンダルが出るたびに、次はエイかな、と思ったりもして怖かった。スキャンダルとして報じられる前に、自ら幕を引いたのは、私にとってよかったことか悪かったことかわからない。


自担がいなくなった今、良いも悪いも善も悪もエゴもなにもかもわからない。
そして私は、私のルールを崩して闇ショ屋に来た。引退会見の写真がどうしても欲しかった。もしかしたら、手元に持って置ける最後の姿かもしれなかったから。
惨めさと引き換えに得た約20枚の写真は、私の最後のお守りだ。

 

とにかく今、日常が空しい。
普通に生活はできている。食べて、寝て、仕事をして、料理をして、お風呂に入って、掃除洗濯をして、TVを見る。たまにグッズや写真を眺める。お酒を飲みながら友だちとだべる。甘いものを食べる。とりあえず食べる前に撮る。
それだけ。
スキンケアがおざなりになってはいるが、ぶっちゃけ肌の調子はあんまり変わらなかった。
現場という美容液がなくなったが、あんなチートみたいな美容法は長い目でみて大して変わるもんじゃないんだな、と分かった。
映画もドラマもアニメも漫画も、話題作を暇つぶしにみてみた。熱狂する気持ちはもう、私の記憶の中にしかない。
ついでに言うとマッチングアプリを始めて適当な男とあってやってみたりもした。
くそみたいにつまんなかったし、向こうもたいした話題をもっていない私なんてつまんなかったに違いない。


自担を失ったわたしは限りなくなにも持っていない。それが本当にすべてだったのだな、と改めて知った。

 

10年間やりきった気持ちはあるし、後悔はひとつもない。きっとこれからも、ふとした瞬間にエイを思い出す。宝物箱を開くみたいに、そのたびにわたしはときめける。好き、は今この瞬間も私の体をめぐっている。血液のように。

 

だけど、でも。

 

踊っているエイが好き。ふんわりとしたステップに、信じられないほど表現力のある眼。悲しい恋愛の曲になるといつも泣きそうな顔をする。センターで堂々ふるまう姿。
歌っているエイが好き。透き通る高音。眉根を寄せて切なく歌うときの、神様の触れた感覚。
お誕生日に毎年4連うちわ持っていくと必ずこっちにファンサくれたこと。

研修生時代に、手紙のお返事を一度だけくれたこと。
女装したときの嬉しそうな顔。

メンバーといるときの、少しだけ居心地が悪そうででもひたすらに嬉しそうな顔。不器用で器用でやさしくて繊細なエイが好き。


かけがえがなくて、かわりがなくて、そばにはいなくて、心にずっとずっといる。


神様。私のエンターテインメントの神様。
留学を早く終えて私の目の前に帰ってきてください。
女の子の姿になっていてもいいから。*3
もしかしたらもう血液が沸騰する感覚にはなれないかもしれないけれど、それでも。

一般人になる、普通の生活を送りたい。と言ったあなただけど、エンターテインメントのほうがあなたをほおっておけるとは思えないんだ。
あなたのいちばん正しい姿で、あなたの信じるエンターテインメントができますように。


あなたが好きなあなたが好き。あなたを好きな私が、いちばん好きな私です。

*1:架空の4人組アイドルグループ。

*2:詳しくは過去記事へ。

担降りブログに憧れるあまり架空のアイドルを作り出して担降りした話。 - 架空のブログ

*3:後日談ですが、数年後、エイちゃんは無事おんなのこになって事務所にカムバックし、時代の寵児としてもてはやされます。